鳥 声
野口 裕
『鳥の脳力を探る』(細川博昭・ソフトバンククリエイティブ)はいろいろと面白い話や、考えさせられることの多い本だが、後半に「小鳥の歌と人間の言語の共通性」という一節がある。それによると、鳥の鳴き声は、「地鳴き」と「さえずり」に分けられるそうだ。
ウグイスの「笹鳴き」などは、「地鳴き」に分類できる。鳥が生まれながらに持っている声で、多くの場合に一音節である。いわゆる「ホーホケキョ」や「谷渡り」などは、「さえずり」と呼ばれる種類の、多音節からなる音楽的とも感じられる鳴き方である。これができないと、つがいとなるメスや縄張りの獲得に後れを取るので、若鳥は成鳥の「さえずり」を聞きながら上手になるまで練習を繰り返す。ウグイスだけでなく、シジュウカラ、メジロ、ジュウシマツ、カナリア、ブンチョウなど多くの小鳥の種類で独自の「さえずり」がある一方で、カラスのように「地鳴き」だけの鳥もある。
本の前半に書いてある話だが、鳥の聴覚はヒトには無理な細かい音を聞き分ける能力を持っている。「六十四分音符をさらに細かく分割して短い周期で細かく音程を変えたとしても聞き分けが可能」だそうだ。これがあるから、小鳥の「さえずり」は、ヒトの耳には精妙かつ繊細に響くのだろう。
また、小鳥の「さえずり」には、文法があるらしい。「さえずり」は、基本的に高さや音色の定まった短い音の組み合わせでできあがっている。その組み合わせは、単語や句に相当するような音節の連なりで「チャンク」と呼ばれる。「チャンク」を並べて、十秒〜三十秒ほどの「さえずり」が完成するが、「チャンク」の並べ方には一定のルールが存在する。「さえずり」は、後天的な練習によって獲得される能力である。したがって、「さえずり」に存在するルールの会得も後天的なものである。ヒトの言語能力獲得の過程を追求する際に、参照する事項となり得るのではないか、と期待されている。
別件だが、鳥は「遊ぶ」こともこの本に記されている。公園の滑り台をすべるカラスや電線にぶら下がるカラスなどが目撃されている。自然の状態ではないが、飼われているインコやオウムなども籠の天頂にぶら下がって「遊ぶ」ことも知られている。そこで、
鶯の身を逆にはつねかな 其角
「逆に」は、「さかしまに」と読む。表記は、『基本季語五〇〇選』(山本健吉)にしたがった。従来、奇矯とされているこの句だが、この本を読んでいるうちに、眼前に起こったことを素直に詠んだ句、という気がしてきた。
それでも、遊びが過ぎる、という反論があるかもしれない。もちろん、そうかもしれない。遊びが過ぎるのは、鶯の方なのだが。
〔amazon〕 鳥の脳力を探る 細川博昭
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