毛皮夫人プロファイリング〔1〕
彼女はルネサンス絵画のマリア様のようなイタリア人である (上)
上野葉月
もちろんそうに決まっている。毛皮夫人はイタリア人。シルビア・クリステルのようなオランダ・ノッポではない。それは明らかである。50句をものにした作者の都合なんかまったく問題にならない。
亜麻色の髪をかき上げ毛皮夫人 憲武
毛皮夫人エマニエル夫人ともちがふ 憲武
ヘッセンの小さな町から列車を乗り継いで夜行列車でアルプスを越え生まれて初めてのイタリアに入ったのは随分と昔のことだ。
二等のコンパートメントで目を覚ますともう明るくなっており列車はちょうど終点のジェノバの駅に滑り込んでいるところだった。
駅に降り立つと「チンコチェントクエンター、チンコチェントクエンター」という構内連絡が耳に入る。生まれて初めて聞く生のイタリア語。さすがイタリアは違うと思った。その後イタリアの街角でカフェの従業員や郵便局の窓口係、警官など普通に出会う人たちが日本の芸能人なんかよりよっぽど華やかなのを見るたびに何度もなにしろチンコチェントクエンタなんだから仕方がないと思ったものだった。
ジェノバの記憶はほとんどない。カフェでカフェコンレーチェを頼んだことぐらいしか憶えていない。ジェノバの町を数時間散歩してから今度はバルセロナ行きの特急に乗った。イタリアもフランスも無視。最終目的地はサンチアゴ・デラ・コンポステーラ。ルイ・ブニュエルの映画『銀河』を見て間もなかった私は旅行する以上はサンチアゴ・デラ・コンポステーラを目指すもんだと決めてかかっていた。
フランスに入り、ある駅でどういう事情だか十五分以上停車した。ニースのような大きな駅ではなかった。今にして思うとサントロペ辺りだったのではないか。もしかしたらモントンとかロックブリュンヌのような国境に近い場所だったのかもしれない。周囲は夜。すっかり暗くなっている。
ホームには十人ほどのイタリア人の裕福そうな集団がいて冬の夜中だというのに楽しそうに談笑している。イタリアには金持ちが多い。GDPの半分は地下経済というお国柄。ようするに額面上の数字の倍の金が実際には流通しているわけだ。大雑把に言えば英国人やドイツ人よりイタリア人の方が金持ち。
今にして思うとコートダジュールで休暇を過ごしてイタリアに戻るところだったのだろう。その日は降誕祭の夜(クリスマスイヴニング)だった。
(明日に続く)
●
0 件のコメント:
コメントを投稿