2009年2月8日日曜日

●野口裕 父性の在処

父性の在処

野口 裕


生命は、自身のシステムを増殖しようとする性質を持っている。一番古くからあるのは単性生殖で、ひとつの細胞が複数に分裂して増えてゆく。自身のシステムを増やすにはこれで良さそうなものだが、そのうち有性生殖というものが出てきた。

環境が激変したときに、単一のシステムだと全滅しやすいが、少しずつ異なったシステムを持つ子孫があれば、そのうちのどれかが生き延びるだろう。そんな計算のもとに、自身とは少し異なるシステムを持つ生命とシステムの一部を取りかえっこしたのが、始まりだろう。そのうち、取りかえっこするよりも、最初から自身のシステムを分割しておいて、分割したもの同士が合体した方が効率がよいとなって本格的な有性生殖となる。

取りかえっこあるいは、合体を行う生命同士を「配偶子」と呼ぶが、おなじ大きさ同士の配偶子が互いに相手を求めて動き回るのは、効率が悪い。動き回る配偶子と動き回らず合体後の生命の成長を助ける栄養分をたっぷり含んだ配偶子とに役割を固定した方がよい。というような段取りで配偶子は、いわゆる精子と卵になる。

さて、この精子と卵の役割は記号的には♂と♀になるが、これを単純に男性、女性と解釈していいのだろうか?先ほど書いた説明からすると、卵の役割は受精後の生命のゆりかごのようなもので、女性というよりも母性と解釈した方が腑に落ちる点が多い。一方、精子の方は、母性と対となる語は父性だが、父性と解釈するのはためらってしまう。たとえば、父性を代表するような句というと、

  子を殴ちしながき一瞬天の蝉  秋元不死男

が上げられるだろう。しかし、この句にあるような生命の成長を叱咤激励する役割は精子にはない。まだしも、男性だろうが、♂は男で♀は母で対の概念になるというのも変な話だ。

どうも、有性生殖という言葉にだまされて、大きな配偶子である卵は女、小さな配偶子である精子は男と単純に対応させるのが少々問題を含んでいると考えた方が良さそうだ。

男、あるいは父という語のもつイメージには、ライオンやニホンザルなど群をなす哺乳動物にある♂の役割が投影されている。群に乱入する者を追い出すときの役割に男のイメージ、群のリーダーの交代劇に父子のイメージなどがそれにあたる。

他方、ゴリラのように他の群との接触を持たず家族単位で生活する♂のイメージは、男あるいは父に投影されていない。さらに言えば、ミツバチのようなほとんど母系社会での♂の役割(男にとっての理想ではある)は、まったく投影されていない。

男と女、父と母、それぞれの対概念に投影されるイメージは、その生物の持つ社会形態に依存する。と、まったく当たり前の結論に行き当たるが、ややもすると対概念のイメージが保証されたような気になることも多いので、こうした駄文を書くことの意味も多少はあるだろう。

 

句会でちょくちょく会う石部明さんが、川柳ではよく父(というよりも、お父さん)が取りあげられるが、その父は戯画化されている、ずっこけたり、間抜けだったりと、笑いの対象であることが多い、という主旨の発言をよくしている。それを思い出して書いてみた。

5 件のコメント:

  1. 俳句でも父は戯画化されることが多いようです。

     やや酔ひて子の部屋を訪ふ細雪  鈴木鷹夫

     すててこの父はちよこまかすべからず  辻田克己

     仏壇に坐らぬ柿は父の柿  鈴木鷹夫

     ゴリラ不機嫌父の日の父あまた  渡辺鮎太

    ひらのこぼ『俳句がどんどん湧いてくる100の発想法』(草思社2009)の例句より

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  2.  流感で反応が遅れました。
     句会でその話が出たおりには、俳句での父は今でも見上げる存在だという話が出ていました。賛成するにしろ、反対するにしろ、そういう話に対して咄嗟に反応するのは難しいので、その場ではそれきりになりました。とある女性俳人の句における、父に対する視線からそのような話になっていったかと、記憶しています。残念ながら、もとの句は思い出しません。

    父がつけしわが名立子や月を仰ぐ 星野立子

     これほど手放しではありませんが、たぶん、気分としては上掲の句と同様であったか、と。tenkiさんのあげた例句は、男性の作者ばかりですが、女性の句はどうでしょうか?

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  3. おからだは、もうよろしいですか。

    たしかに作者の性差は出るように思います。男性作者で「母恋」の句が多い人がいる(例・八田木枯)ように、女性の場合は「父恋」。掲句の立子の句は、まあ、特別で、ふつうは、もうすこし「そこはかとない」ところを狙うのでしょう。

    ちなみに大型俳句検索で調べてみると、大木あまりに父の句がたくさん見つかりました(「父の日」も含む)。


    父の忌の噴井の底のうすあかり  大木あまり  火球

    父の日のうしろに馬の匂ひかな  大木あまり  火球

    父の忌の海の上なる星座かな  大木あまり  火球

    白桃に風くる父の詩集かな  大木あまり  火球

    花を見て幹の瘤みて父の国  大木あまり  火球

    色鳥の羽音のなかの父の墓  大木あまり  火球

    病む母は父の名を呼ぶ龍の玉  大木あまり  火球

    父ははの昭和も過ぎぬ蕗のたう  大木あまり  火球

    杉の香のして大年の父の墓  大木あまり  火球

    父の日の遠き一樹の青ほむら  大木あまり  火球

    マフラーのあづけものあり父の墓  大木あまり  火球

    うつぶせに寝て父の夢ヒヤシンス  大木あまり  雲の塔

    秋風の一気に父のデスマスク  大木あまり  火のいろに

    父の骨土に根づくか春の雪  大木あまり  山の夢

    風の町すみれ嗅ぐにも父似の鼻  大木あまり  山の夢

    父病めば空に薄氷あるごとし  大木あまり  山の夢


    こう並べて、どう、というのではなく、参考までに。

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  4. 大木あまりのお父さんの記事がウィキペディアにありました。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%A8%E6%83%87%E5%A4%AB


    苦労した人のようです。

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  5. リンク貼りに失敗したようです。
    「大木惇夫」で検索してみて下さい。

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