不定期・正午更新●『週刊俳句』の裏モノ●another side of HAIKU WEEKLY
小生も「きっこのハイヒール」の掲示板で、簡単ではありますが、加藤郁哉『俳句の山なみ』に触れています。投稿者:猫髭 投稿日:2009年 7月22日(水)23時56分23秒 今日は加藤郁乎の新刊『俳の山なみ』(角川学芸出版、2000円)が出たので、電車の行き帰りで読みふけっています。俳句をやる前は加藤郁乎は詩人としてしか知らなかったので(清水哲男もそうでしたが)俳人だとは知りませんでした。全句集を読んで、これは凄い俳人だと驚嘆し、江戸俳諧考証家でもあるので、その江戸俳諧論集もほとんど買って読んでいます。この『俳の山なみ』は、「俳句あるふぁ」に連載されていたもので、4Sや4Tばかりでは芸がないと、「知られざる俳人ノオト」というタイトルで、現代では無名の俳人たちを取り上げたもので、その第一回が「柴田宵曲」。俳句はやらなくても、柴田宵曲は希代の博学として夙に知られており、正岡子規の原稿を清書編纂して子規全集を校正したのも彼であり、三田村鴛魚の聞書きを清書校正して膨大な江戸学を残したのも彼、「ホトトギス」の社史を編纂したのも彼の仕事という生涯裏方一筋の、奥ゆかしさにもほどがあるというほど裏方に徹しています。終生有名になる事を嫌い裏方に徹して、実に滋味溢れる風物誌や伝記、古俳諧書の鑑賞や評論を残しており、全部素晴らしい。しかし、加藤郁乎のこの「柴田宵曲」を読むまで、宵曲が俳人であり、『宵曲句集』(青蛙房)があることを知りませんでした。以来苦節五年かけて探してやっとゲットしました。嬉しくて毎晩帰宅すると頬ずりして、寝床まで抱いて寝たほど(笑)。巻末の年譜で、宵曲は小学校すら出ていなくて上野の図書館で独学したと知って、彼の謙遜の出所を知りましたが、とにかく人間としてわたくしが敬愛する理想の人と言っていいほどです。何と「ホトトギス」の巻頭を取ったこともあります。その俳句を一句で代表させると、 平凡に帰すべき句境冬籠 柴田宵曲(大正八年)というものです。「陳腐な句は嫌いだが平凡な句はそうでもない」とは虚子の言葉だと飯田龍太がどこかで言っていましたが、わたくしも平凡で平明な句が理想です。こういう平凡な偉人を巻頭に置く加藤郁乎はやはり慧眼の士と言えるでしょう。岩波文庫や中公文庫、ちくま学芸文庫で柴田宵曲の本はまだ手に入りますので、御覧になったら、余生の時間があればお読みください。血の通った知識とはどういうものかがわかります。「俳諧博物誌」「蕉門の人々」「正岡子規」「古句を観る」「団扇の画」「明治博物誌」「明治の話題」などなど、すべてわたくしの座右の書にあらざるものはありません。
猫髭さん、ありがとうございます。≫ 柴田宵曲 amazon
小生も「きっこのハイヒール」の掲示板で、簡単ではありますが、加藤郁哉『俳句の山なみ』に触れています。
返信削除投稿者:猫髭 投稿日:2009年 7月22日(水)23時56分23秒
今日は加藤郁乎の新刊『俳の山なみ』(角川学芸出版、2000円)が出たので、電車の行き帰りで読みふけっています。
俳句をやる前は加藤郁乎は詩人としてしか知らなかったので(清水哲男もそうでしたが)俳人だとは知りませんでした。全句集を読んで、これは凄い俳人だと驚嘆し、江戸俳諧考証家でもあるので、その江戸俳諧論集もほとんど買って読んでいます。
この『俳の山なみ』は、「俳句あるふぁ」に連載されていたもので、4Sや4Tばかりでは芸がないと、「知られざる俳人ノオト」というタイトルで、現代では無名の俳人たちを取り上げたもので、その第一回が「柴田宵曲」。俳句はやらなくても、柴田宵曲は希代の博学として夙に知られており、正岡子規の原稿を清書編纂して子規全集を校正したのも彼であり、三田村鴛魚の聞書きを清書校正して膨大な江戸学を残したのも彼、「ホトトギス」の社史を編纂したのも彼の仕事という生涯裏方一筋の、奥ゆかしさにもほどがあるというほど裏方に徹しています。終生有名になる事を嫌い裏方に徹して、実に滋味溢れる風物誌や伝記、古俳諧書の鑑賞や評論を残しており、全部素晴らしい。
しかし、加藤郁乎のこの「柴田宵曲」を読むまで、宵曲が俳人であり、『宵曲句集』(青蛙房)があることを知りませんでした。以来苦節五年かけて探してやっとゲットしました。嬉しくて毎晩帰宅すると頬ずりして、寝床まで抱いて寝たほど(笑)。巻末の年譜で、宵曲は小学校すら出ていなくて上野の図書館で独学したと知って、彼の謙遜の出所を知りましたが、とにかく人間としてわたくしが敬愛する理想の人と言っていいほどです。何と「ホトトギス」の巻頭を取ったこともあります。その俳句を一句で代表させると、
平凡に帰すべき句境冬籠 柴田宵曲(大正八年)
というものです。「陳腐な句は嫌いだが平凡な句はそうでもない」とは虚子の言葉だと飯田龍太がどこかで言っていましたが、わたくしも平凡で平明な句が理想です。
こういう平凡な偉人を巻頭に置く加藤郁乎はやはり慧眼の士と言えるでしょう。
岩波文庫や中公文庫、ちくま学芸文庫で柴田宵曲の本はまだ手に入りますので、御覧になったら、余生の時間があればお読みください。血の通った知識とはどういうものかがわかります。「俳諧博物誌」「蕉門の人々」「正岡子規」「古句を観る」「団扇の画」「明治博物誌」「明治の話題」などなど、すべてわたくしの座右の書にあらざるものはありません。
猫髭さん、ありがとうございます。
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