ホトトギス雑詠選抄〔15〕
春の部(四月)チューリップ・上
猫髭 (文・写真)
窓の下ちゆうりつぷ聯隊屯せり 中村秀好 昭和10年
掲出句は、チューリップの咲く一群を、陸軍駐屯地の聯隊(れんたい)が屯(たむろ)している樣に見立てた擬人化の句である。平和の象徴のような花を戦争の象徴のような軍隊に見立てたところが面白いと、虚子が選び、波多野爽波もまた自選自筆の爽波抜萃「四月の句」に入れている。
昭和6年の満州事変、昭和7年の上海事変以降、急速に軍国化する世相を背景に置くと、昭和10年当時は不謹慎な喩えになるかと言うと、そこまで世知辛くはなっていない。下川耿史編『昭和・平成家庭史年表1926→2000』(河出書房新社)を紐解けば、衣・食・住のトピックでは「喫茶店が大流行。東京だけで1万5000軒。女給5万人。コーヒー1杯15銭」、家計・健康・教育では「女学生の間に、君、ボク、失敬、何言ってやがるんだい、などの男言葉が流行」、文化・レジャーでは「第1回芥川賞(石川達三『蒼氓』)・直木賞(川口松太郎『鶴八鶴次郎』が受賞)」「大阪野球倶楽部発足。球団名は大阪タイガース」「1銭玩具ブームでメーカーは200軒。半数が東京に集中」、社会・交通・一般では「日産自動車、一貫流れ作業による第一号車ダットサン・セダン発売」「年賀用郵便切手(1銭5厘)初めて発行(図案は富士)」と、軍国化の波はまだ家庭史には及んでいない。
この下川耿史編『昭和・平成家庭史年表1926→2000』と『明治・大正家庭史年表1868→1925』の二冊は、正露丸とメンソレータムのように、家庭に常備必須の名著であり、「ホトトギス雑詠」もまた、こういう世相を背景に詠まれたのかと味わいながら読むと感慨一入だが、作品は作品だけで味わえばいいので、ここでは「聯隊」と言ってもピンと来ない読者もいるかと思って、時代背景にいささか言及した。
作者の中村秀好(なかむら・しゅうこう)は、東京の俳人で、昭和8年の「ホトトギス」に「もう一人のダルタニアン」を寄稿しているが、詳細不明なので、後日調査(註1)。
なお、虚子編『新歳時記』は、
窓の下チユーリツプ聯隊屯せり 秀好
と片仮名表記だが、これは他の例句と表記を合わせるために、虚子が変えたと思われるので、掲出句は昭和16年の『新選ホトトギス雑詠全集一 春上』のオリジナル表記を掲載した。
外来語は基本的に音写なので、自分が聞えたように書けばいいので、読む人がわかる一般的な表記に従うものであれば、どのように表記しても構わないから、掲出句のように平仮名で外来語を書くことも誤りではない。昔は外来語を平仮名で書く倣いも残っていたので、奇を衒っていたわけではないだろう。
(明日につづく)
註1:インターネットで検索し得た中村秀好の俳句は以下の4句のみ。
宿帳にしるしてをれば茶立虫
妹がさす春雨傘やまぎれなし
日記買ふ未知の月日にあるごとく
草ひばり月にかざして買ひにけり
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