2010年4月4日日曜日

●おんつぼ30 ケチャ 関悦史


おんつぼ30
ケチャ

関悦史



おんつ ぼ=音楽のツボ



2010年4月1日夜は暴風がひどかった。家が根こそぎ揺すぶられ、周り中から得体の知れぬ軋み音、打撃音、摩擦音、破砕音がひっきりなしに聞こえてくる中、久しぶりにケチャのCDをまるまる一枚聴き通した。

『神々の森のケチャ~バリ島シンガパドゥ村の呪的合唱劇』というビクターの「JVCワールド・サウンズ」なるシリーズに入っているCDで、ずいぶん前から持っているのだが全曲聴き通したことはあまりない。

例の「チャチャチャチャチャチャ」の複雑強烈なリズムがインパクトがあり過ぎて他のことが手につかなくなり、BGMにならないからである。

解説によるとケチャ自体は太古の昔から連綿と続いていたわけではなく、「サンヤン」なる強い集団トランスをもたらす呪術的儀礼を母胎に、わりと最近、1930年代に創始された芸能らしい。

誕生の経緯をかいつまむと、「サンヤン」は1922年の疫病流行の折に大々的に行われたのを最後に廃れかけていたが、バリ島に住み着いていたドイツ人画家ウォルター・シュピースがそれを惜しみ、とはいっても神聖な宗教儀礼では濫りに上演は出来ないから、そこから音楽的要素だけを抜き出して古代インドの大長編叙事詩ラーマーヤナの物語と組み合わせ、バリ島以外の人たちも楽しめるよう、芸能として作り直すことを島民に提案。

1933年、ブドゥル村の人々と隣のボナ村の応援部隊が総勢約160名で最初の実験を行い、その2年後の1935年、ボナ村の人々が工夫を加えて再上演したものが現在のケチャの原型になっているという。

そういうわけでケチャにはラーマーヤナの物語が織り込まれているので、CDの収録曲一覧を見るに、シータ姫がラバナ王に略奪されたり、《猿の勇者アノマン》がラバナ王の宮殿を破壊したり、《悪魔の王子メガナダ》の放った矢が鉄の蛇となってラーマ王子とラクサマナ王子に巻きついたり、その鉄の蛇をまた《神の鳥ガルーダ》が退治してラーマ王子とラクサマナ王子を助け出したりといろいろしているわけだが、音だけ聴いている分にはひたすら「チャチャチャチャチャチャ」であってどこが何やらさっぱりわからない。

わが家は先日突然ひどく雨漏りがし始め、そちらの処置は一応済んだものの、退避させた本の山が家のあちこちに無造作に積んであって壁には大きな染みが残り、本棚も戻せず未だに被災家屋然とした状態にある。

大風の騒音だけでも寝付けないものだが、さらに昨夜は自分の家のどこがいつ引き剥がされるかわからない不安を抱えていた。眠れるものではない。

ここでケチャである。

聴いている間はあのリズムに引きずり込まれ、撹乱されて、まとまったことは一向に考えられないし、暴風のおそろしい轟音の中なので多少ボリュームを上げても隣近所には聞こえない。

未明の小一時間ほど、大音量でケチャをかけた。BGMにならないという性質を逆手に取って不安をまぎらわせるのに使ったわけである。

そのうち疲労のため、うつらうつらしてきて、後半あたりから少し眠った。

起きたら家の裏口のトタン屋根が吹き飛ばされ、その辺に落ちていた。


思考撹乱度 ★★★★★
合宿で真似したことがあるので懐かしい度 ★★★★

画像

0 件のコメント:

コメントを投稿