ホトトギス雑詠選抄〔30〕
秋の部(八月)立秋・上
猫髭 (文・写真)
けさ秋の一帆(いつぱん)生みぬ中の海 原石鼎(はら・せきてい) 大正3年
貸し本漫画で育ったので、NHKの朝8:00の連続テレビ小説、『墓場の鬼太郎』の漫画家水木しげるの夫人を主人公にした『ゲゲゲの女房』を楽しみに見ている。「中の海」とは、島根県松江市、安来市、八束郡東出雲町と鳥取県境港市、米子市にまたがる汽水湖で、水木しげるは境港出身、夫人の武良布枝は安来出身である。テレビが面白いので武良布枝の自伝『ゲゲゲの女房』(実業之日本社)を買って来て読んだのだが、その中に「中の海」が載っていた。「中の海」は「中海」と呼ばれ、日本海に開いた湾の入り口が、砂州によって塞がれてできた潟湖(せきこ)で、東は美保湾に通じており、西は大橋川を通じて宍道湖と繋がっている。面積86.2平方キロで、日本第5位の大きさの湖である。
秋の海に船が行く景を詠んだ句で名高い句には、
秋の航一大紺円盤の中 中村草田男 昭和9年
があり、阿波野青畝が『ホトトギス雑詠選集 秋の部』(朝日文庫)の序で、「澄みきった秋の航海をしてみた実感が強い。一大紺円盤という新奇な熟語に読者はおどろいた。この句を頭に印しながら船旅をしていると、さすがに広い海原の中にポツンと甲板上の私の存在は孤独そのものであった。」という鑑賞を寄せているが、わたくしにはこの草田男の句は大袈裟過ぎて好きになれない。
掲出句の「一帆生みぬ」も、勢いのある断定だが、それほど新鮮な擬人化ではないし、どちらかというと陳腐な見立てだろう。しかし、「立秋の」ではなく「けさ秋の」とゆったりと出て、「一帆生みぬ」と破裂音で加速させ、「中の海」と中七の「生み」と下五の「海」をリフレインさせるリズムは、秋立つ日に風をはらんだ帆が海から生まれたような調べを生む。石鼎が数え歌を意識していたかどうか、ひい(日)、ふう(風)、みい(海)という天地創造の調べが隠されているような一句となっている。
そして「中の海」。『出雲風土記』にある「飫宇の入海(おうのいりうみ)」と名づけられているのがそうである。この入海がその帆を生んだのであれば、ここには石鼎がこの舟を神話の舟として詠んだのかもしれないとふと思う。『出雲風土記』には巨人神による雄大な国引きの神話があるからだ。新羅から北陸から土地を手繰り寄せて島根半島を作るという国引きの綱に使われたのが、稲佐の浜の南につながる長浜海岸と夜見ヶ浜であるといったスケールが大きい神話は、現存する五つの風土記の中でも比類が無い。「中の海」もこの国引きで出来た湖なのだろうか。
(つづく)
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