2010年11月6日土曜日

●おんつぼ36 テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語 四ッ谷龍


おんつぼ36
テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語

四ッ谷 龍


おんつ ぼ=音楽のツボ




秋の雨が降りつづきます。
中庭の木が濡れてひかりをこぼしています。
景色を見ている私の心も、しとしとと雫していくようです。
こんな日は、窓辺に灯をともしてレコードに針を落としてみましょう。「テッサの歌」を聴くために。静かな悲しい曲です。雨だれがガラス窓を伝うのにつれて、音符も上から下へとしなだれていきます。
もし私が死んでも 鳥たちが囀りを止めるのは一晩だけ。
もし私が死んだら 別の人が現れ あなたはいつか私を忘れるでしょう。
そして生のよろこびがあなたの視線を
また洗い清めることでしょう。
朝 あなたは見るでしょう
山が明るみ 私の墓に幾千もの花がひらくのを。
私はいなくなり 美しきものはよみがえる。
私のただ一人の恋人よ!
作曲者のモーリス・ジョベールはフランス人。戦前、おもに映画音楽の分野で活躍した人です。『舞踏会の手帖』の主題曲「灰色のワルツ」は、曲を後ろから前に向けて演奏し、レコードを逆回転させて再生するという、前衛的な手法を駆使したユニークなワルツとして有名です。
第二次世界大戦が起きるとジョベールは軍隊に志願しますが、1940年に戦場で銃弾を受けて死去してしまいます。40歳でした。
戦後になると、ジョベールの名は忘れられていきました。しかし彼の音楽を大事に思っている、ひとりの映画監督がいました。フランソワ・トリュフォーです。彼は、「映画に合わせて音楽を付けていく」のではなく、「ジョベールの音楽に合わせて映画を撮る」ことを思い立ちます。ジョベールのいくつかの音楽作品を選び、それに合うように画面を作っていこうとしたのでした。
こうして完成した映画が、ヴィクトル・ユゴーの娘アデルを主人公とした名作「アデルの恋の物語」です。
トリュフォーは、続く映画「緑色の部屋」でもジョベールの音楽を使用します。亡き妻のために礼拝堂を建立しようとする男についての映画です。完成した礼拝堂には、妻や大切な人たちの写真が飾られます。そこにはジョベールの肖像もあり、トリュフォー自身が演じる主人公は、作曲家について語ってみせるのです。

演奏者についてひとこと触れておきます。歌手のイレーネ・ヨアヒムは、名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムの孫に当たります。(ヨーゼフはブラームスの若き日の親友でした)
ドビュッシーの歌曲を歌わせたら、彼女の右に出るものはいないでしょう。弱音が続く部分に熱い情熱を込めて表現することを得意とする、名歌手でした。

雨の日に似合う度 ★★★★★
いまどき共感されやすい度 ★★★



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