〔暮らしの歳時記〕
初雪
山田露結
名古屋から新幹線に乗り、東京駅で中央線に乗り換え、中野駅に到着。
さっそく、駅前の電話ボックスからYの家に電話をかけた。まだ携帯電話のない時代だ。
ところが、いくら電話をかけてみても何故かYの家にはつながらない。
番号の控えてあるメモを見直してもう一度かけ直してみる。
しかし、何度かけてもダメだった。
「Yさんのオタクですか?」
「いえ、違います。」
「そちらの番号は5×6×ですよね。間違いないですよね。」
「はい、間違いありません。」
「すみませんでした。」
「0」を「6」と書き間違えたかと思ってみたり、下一桁に違う数字を書いてしまったのかと思ってみたりして何件も何件も別の番号にかけてみたが、やはりYの家にはつながらなかった。
何時間くらい電話をかけ続けていただろうか。
せっかく東京まで出てきてこのまま帰るのか。
焦る気持ちを抑え、最後にもう一度だけメモにある番号にかけてみることにした。
「すみません、もう一度だけ確認させてください。そちらの番号は5×6×で間違いないですよね。」
「はい、間違いありません。」
「そうですか、すみませんでした。」
がっかりして受話器を降ろした。
テレフォンカードを吐き出して鳴る電話機のピーピーピーという音がむなしく響いた。
途方に暮れるとはこんな気分なんだろう。
あきらめて帰るか、それともどこかで一泊してYの電話番号を調べる方法を考えるか。
しかし、オレとYとの共通の友達はたぶん、今はもう東京にはいない。
いたとしても、やはり連絡先がわからない。
外はすでに暗くなりかけていた。
おまけに雪でも降り出しそうなどす黒い雲が空全体をおおっていた。
寒い。
オレは電話ボックスから出ようと回れ右をして、ガラスの扉を押し開けた。
すると、見覚えのある顔が電話ボックスの前を通り過ぎようとしていた。
「あれ?」
「おう!」
お互い、すぐに気が付いた。
Yだった。
「何だよー、連絡がないからもう来ないのかと思ったよー。おかしいなあと思ってさぁ、駅まで見に来たんだよ。」
Yはそう言いながら、ニコニコ笑ってオレの肩を抱き寄せた。
Yの煙草臭いダウンジャケットに抱き寄せられるとオレの目の奥から一気に熱いものが込み上げてきた。
「何だお前、泣いてるのか。しょーがねえなあ。」
Yはまだニコニコしている。
電話ボックスから何度も何度も電話をしていたことを話しながらYに番号の書いてあるメモを見せた。
どうやら、局番の最初の数字を書き間違えてしまっていたようだった。
「どうせそんなことだろうと思ったよ。あいかわらずバカだなあ。さ、飲みに行こうぜ、飲みに。」
オレたちは駅近くの居酒屋へ入るとすぐに熱燗を頼んだ。
その冬一番の冷え込みだという東京の夜空にはチラチラと初雪が舞いはじめていた。
うしろより初雪降れり夜の町 前田普羅
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