樋口由紀子
鍋一つ遺書のかたちに置くときも村井見也子 (むらい・みやこ) 1930~
この句を読んだ男性諸氏はどきりとするのではないだろうか。一日の終わり、夕餉のかたづけを済まして、洗い終えた鍋を遺書のかたちに置くときがあるという。何事もないように振舞い、そしらぬ顔で生活している妻が死を見据えている。
男性目線ではない、それでいて女性の自立、社会進出などとは別の位置からの女性ならでは川柳である。物腰はやわらかいが、言葉が鋭く使われている。
町を行く人も電車に乗っている人も、みんななにくわぬ顔をしている。この中には遺書のかたちに鍋を置いた人も置こうとしている人もいるはずである。人は強いのだろうか。〈哀しいときは哀しいように背を伸ばす〉『薄日』(1991年刊)所収。
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