相子智恵
今生の螢は声を持たざりし 岩淵喜代子
句集『白雁』(2012.4/角川書店)より。
鳴く虫も多くいる中で、螢は求愛の声を持たない。
螢は声を持たない代わりに、小さな光を持った。螢は、前生では声を持っていたのだろうか。あるいは、来生では声を得るのだろうか。螢が求愛のための声を得たとき、きっとその代わりに、あの光を失うのではないだろうか。螢の光ほどの、かぼそい声を得た代わりに。
〈ばらばらに集まつてきて螢待つ〉〈螢から螢こぼるるときもあり〉
同じページの実開きには、魅力的な螢の句が並ぶ。螢が来るのは、深い闇を持つ山村だろう。そこに、螢を見るために人々が〈ばらばら〉と懐中電灯を持って集まって来て、螢を待つ。人間たちの放つ光と、あちこちから現れる螢の光が、つかの間、闇に集う。
そして〈螢から螢こぼるる〉ように、螢たちが集った歓びの奥底には、それが永遠には続かないのだという淋しさが、確かにある。
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