相子智恵
口中に一枚の舌神の留守 岩永佐保
句集『迦音』(2012.9 角川書店)より。
旧暦なので今からちょうど一ヶ月ほど先のことになるが、旧暦十月の神無月には、八百万の神々は出雲へと旅立ち、出雲以外は〈神の留守〉となる。出雲に一堂に会した神々は、翌年の男女の縁結びを定めると信じられた。
そんな〈神の留守〉を、自身の口の中にある〈一枚の舌〉と取り合わせている。何の関連もない二つのものが響きあって不思議な一句となった。この取り合わせに説明はつかない。
思えば、生まれたばかりの赤ちゃんが泣いて意志表示をしたり、乳を飲むとき。舌はもっとも根源的な器官ではあるまいか。そんな原初の官能を〈一枚の舌〉は持っている。
そして詩もまた、手よりも先に舌とともにあった。いにしえの詩の言葉は舌を通じてうたわれて、神々への祈りとなった。
太々とした原初の感覚と詩の起源を、神無月の〈一枚の舌〉は思い起こさせてくれるのである。
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