相子智恵
強霜の翁貌して山ひとつ 井上康明
句集『峡谷』(2012.10 角川書店)より。
寒い朝、びっしりと霜のおりた山がひとつ。強い霜に輝くその山を、まるで翁のような顔つき〈翁貌(おきながお)〉だと感じている。大胆な把握が面白い。
句集のあとがきには〈句集名は山峡に居住することに拠る〉とあるが、作者は山梨県在住。この句の背景には甲斐の峻厳な山々が思い浮かぶ。その中でもこの山は古老のような山だ。
能面に「翁」というのがあるが、「翁は能にあって能にあらず」と言われるそうである。他の能楽が一つの筋をもった演劇なのに対して「翁」の曲は祝言を述べる神聖な儀式としての性格を持つ。「翁」は天下泰平・五穀豊穣を祈る祝儀として、能が確立する以前から存在しており、そのため面も「神面」として取り扱われ、別格の扱いだそうだ。たしかに翁面を見ると微笑の中に神々しさを感じる。
福々しく神聖な翁と、霜に輝く甲斐の山の気高さとが重なってくる。
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