相子智恵
梟の声するあの辺りが昔 照屋眞理子
句集『やよ子猫』(2012.12 角川書店)より。
こう言われると、そう思えてくるという、不思議な句だ。
梟が夜中の森で鳴いている。夢かうつつか、暗闇の中にいきなり放り出された読者は、何も見えず、何もわからない。ただホオーホオーと鳴き声のする方へ目を凝らすうちに、ふと「ああ、あそこには過去があるのだな……」と、闇の中でなぜか得心するのである。
梟が夜行性で、異界へ引きずり込まれそうな、低くくぐもった声で鳴く鳥だから〈あの辺りが昔〉が、たいそうしっくりくる。ほかの鳥ではこの味わいは出せないだろう。
本書には他にも〈花中(あた)りすれば他界のよく見えて〉〈生れたるも知らず欠伸の子猫かな〉〈ゐない人はそつと座りぬ初座敷〉などの句があって、「うつし世は夢、夜の夢こそまこと」とでもいうような作者の感覚が貫かれている。
この感覚は作者の天性のものであると同時に、繰り返し出てくる亡き母の句――たとえば〈歌加留多夢に来るとき母若き〉などを思えば、他界した母に会いたいという祈りの表れでもあるのだろう。
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