相子智恵
さへづりを浴び屋根瓦軽くなる 永瀬十悟
句集『橋朧―ふくしま記』(2013.3 コールサック社)より。
句集の奥付は、大震災から2年後の2013年3月11日発行となっている。作者は生まれ育った福島県須賀川市で被災し、その年、自身の被災体験を詠んだ50句「ふくしま」で角川俳句賞を受賞した。
本句集は三章に分かれている。第一章は震災直後の二ヶ月間で詠んだ句、第二章は震災から二年の間に詠んだ句で構成される。そして第三章は時間が遡り、震災前の句から成っている。ただし福島県内にて詠んだ句のみを抽出したという。
掲句は第三章から引いた。つまり震災以前の句である。自宅の屋根瓦であろう。春を喜ぶ鳥たちの囀りのあふれる空に、ずっしりとした瓦までもが軽くなるようだという。うきうきした春の情景が明るい。
〈激震や水仙に飛ぶ屋根瓦〉
次に引いたのは本句集の冒頭の一句である。震災当日の実景であろう。この屋根瓦には〈軽くなる〉のような心象は託されず、淡々とリアルに、尋常ではない屋根瓦の様子が描きとられている。
日常生活の中で、普段は意識することのほとんどない屋根瓦というものを詠んだ二句に、決して遡ることのできない時間の断絶と、それでもそこで暮らすという生活の重さが思われてくる。
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