相子智恵
寄り合うてもの食うてをる袋角 金中かりん
句集『榠樝』(2013.4 ふらんす堂)より。
鹿の角は晩春から夏にかけて生え替わる。生え替わったばかりの角は、ビロードのような皮膚で覆われたこぶ状をしており、中は血管で赤く、柔らかくて温かい。これが〈袋角〉だ。
だから掲句は、その頃の鹿たちが寄り集まって物を食べているという風景なのだが、この季語のために、どうしても「部分」としての〈袋角〉がフォーカスされ、一読〈袋角〉そのものが、ものを食べているような不思議な感覚にとらわれる。
鹿がたくさんいる奈良公園などを思い出してみるに、ものを食べている様子を人間の視点から見ると、ちょうど鹿の頭を見下ろすことになるから、実際にこんな感じなのだろう。
寄り集まってものを食べるという、まさに「生きている」実感と、〈袋角〉という血管が透けて見える角の生命力が重なり合う。角の伸びるスピードが速いことや、秋に向けて一年で成長する鹿の角が稲作のサイクルにも似ていることなどが、古代から鹿を象徴的な存在にしてきたのだろうか。五穀豊穣を願って鹿の頭を奉納する、諏訪大社上社の春の祭事「御頭祭」も思い出された。
単純化して描いてありながら、鹿の生命力に触れるような、不思議な存在感のある句である。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿