樋口由紀子
世帯して俺のくらさにおどろくな
井上刀三 (いのうえ・とうぞう) 1902~1937
春は結婚ラッシュ。「世帯して」とは所帯を持つということである。そういえば、所帯を持つという言辞は近頃あまり言わない。結婚してという意味である。今はすべてをわかりあってから結婚へと進むのであろうか。結婚したら違う人みたいだったというのは私の若い頃にはよき聞く話であった。
「くらさ」は刀三の存在そのものなのだ。どうしようもないくらさを彼は抱えていたのだろう。そのことを彼自身は気づいていたし、気になっていた。だから、「おどろくな」と高飛車に出たのだ。実際の刀三は多弁で才気活発な人だったので、掲句は川柳の先輩たちの格好の話題になったらしい。
〈鏡も恐ろしきものの一つなり〉〈母が鬼子といいしがまことか〉〈添うてたらきつとお前をぶつている〉(合同句集『雑音に生く』1929年刊)所収。
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