相子智恵
滾々と銀の水吐く皐月富士 宮木忠夫
句集『初雁』(2013.2 角川書店)より。
富士山が世界文化遺産に登録される見通しとなったというニュースがあった。ゴミ問題などから、かつて落選した「自然遺産」ではなく、日本独特の芸術文化を育んだ「文化遺産」としての登録だ。
思えば〈皐月富士〉という季語もまた、文化の産物である。旧暦五月のころの富士山を指す〈皐月富士〉は、手元の歳時記をさっと見ると〈雪もおおむね消えて山肌を見せ、夏山らしい雄渾な姿となる〉と書かれている。
実際の富士山が持つ視覚情報を〈皐月富士〉ひとことに詰め込み、「ああ、五月の富士山ってそうよね」と皆の脳内に共通したビジュアルイメージを描かせる強さ。それは目の前の自然ではなく、共通の美意識という文化のうえに成り立っている。季語とは、その根底には自然があっても、あくまで文化だということを思い出させる。
〈滾々と銀の水吐く〉という富士山の擬人化。〈銀の水〉という、清冽ながら煌びやかな貴金属を想像させる「銀」という色の選び方。そこにある雄大さは、富士山の持つ「物語(文化)込み」の雄大さである。〈滾々と銀の水吐く〉物語の富士山は、実際の富士山よりも我々の中に大きくそびえたつ。エネルギッシュに銀色の清水を吐き続けるその雄渾な姿は美しく、しかし、恐ろしくもある。
●
0 件のコメント:
コメントを投稿