2013年6月19日水曜日

●水曜日の一句〔長澤奏子〕関悦史



関悦史








茸飯生物多様性大事   長澤奏子

俳句ではあまり見かけない、またあまり馴染みそうにもない「生物多様性」の語が目を引く。

しかもそれが「大事」となれば露骨な訴えに終わりかねないが、「茸飯」でちゃんと一句になってしまった。

生物としての茸は種類も亜種も多く、見分けも分類も難しい。

「茸飯」となればもう調理されて死んでいるはずなのだが、茶碗によそわれても、飯に混じって香りを立てつつ、おのおのの奇態な姿かたちは健在であって、不規則な曲線に満ちた不可思議な姿がそのまま「生物多様性大事」というメッセージを体現しているように見えてくる。

作者は小川双々子門下で、物の姿が言語のように感じられるという特質は師ゆずりともいえるが、物と言語の浸透しあう局面を見届けるというよりは、よりアニミスティックに身体が感応している気配である。

茸に同調し、その言説を聞き届けつつも食べてしまうのだが、その結果「生物多様性」も「生物多様性大事」というメッセージも消えてしまうわけではなく、食べた当人の身体に移ることになる。茸が消えたかわりに、語り手当人が茸と同様に「生物多様性」のうちに参入してしまうのだ。露骨なメッセージが俳句になりおおせているのは、この真面目で奇態なユーモアがあるからである。

作者は昨2012年6月18日没。遺句集『うつつ丸』が妹の歌人・久々湊盈子らの手により編纂された。


句集『うつつ丸』(2013.6 砂子屋書房)所収。

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