相子智恵
薔薇そこに身を傾けている闘魚 花谷和子
句集『歌時計』(2013.6 角川書店)より。
闘魚は「ベタ」という、タイのメコン川流域原産の熱帯魚。その気性の荒さから、2匹の雄を戦わせる遊戯「闘魚」のために飼われるようになった。赤や青など色鮮やかで、大きな尾鰭を持つ美しい熱帯魚である。
ある日、闘魚の入った水槽のそばに薔薇が飾られたのだろう。闘魚も薔薇も、その色については書かれていないが、どちらも血のような真紅であると私は想像した。薔薇の赤さを敵だと思ったか、闘魚が薔薇に向かって〈身を傾けている〉。
もの言わぬ水中の熱帯魚と、もの言わぬ花瓶の花。あわれな勘違いによる、じつに静かな戦いが部屋の一角で行われている。無声映画のような静けさによって、一句の視覚的な美しさ、鮮やかさが際立つ。
薔薇が闘いを待つ熱帯魚のようにも、あるいは闘魚が薔薇の蜜を吸おうとする大きな蝶のようにも思えてきて、倒錯した美しさのある句だと思った。
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