2013年8月16日金曜日

●金曜日の川柳〔安川久留美〕樋口由紀子



樋口由紀子






朝顔をほめてこぼれる歯磨粉

安川久留美(やすかわ・くるみ)1892~1957

朝起きて、歯磨きをしようとしたら、庭の朝顔がぱあっと開いているのが洗面所の窓から見えたのだろう。誰に言うでもなく、「きれい」とつぶやくと歯磨き粉が口からこぼれ落ちた。昔の歯磨粉は粉であった。歯磨きをしていることを忘れていた。今日も暑くなるかもしれない。けれども、なんとか乗り切れそうな気がする。朝顔があんなに大きくきれいに咲いているのだから。

安川久留美にこんな平穏な川柳があったのだと驚いた。彼は放蕩の川柳人として伝説の人である。晩年は酒を求めて放浪し、泥酔の果て路上死した。〈ハット目が覚めれば妻子生きている〉のような句が久留美らしく、取り上げるべきなのかもしれない。けれども、彼は死だけ見つめていたのではなく、生を見ていた。

川柳に文学性を求め、課題吟排斥論、柳俳無差別論を唱えた。〈虫売りの草に放した売れ残り〉〈きしゃにちゅういすべしおみなえし〉〈左の眼つむり自分の鼻を見る〉 『安川久留美百句選』(番傘えんぴつ川柳社刊 1963年)所収。

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