相子智恵
一葉落ちしと思ひしがふりむかず 遠藤若狭男
句集『旅鞄』(2013.8 角川書店)より。
〈一
葉落つ〉は、淮南子(えなんじ)の「一葉落ちて天下の秋を知る」からきている。梧桐の葉が一枚落ちるところを見て秋が来たことを知る、という意味だ。これ
は桐一葉が落ちるところを「見た」言葉であるが、掲句は逆に〈ふりむかず〉だから、実際には桐の葉が落ちるさまを見ないで、気配や音だけでそれを感じ取り
〈一葉落ちしと思ひしが〉と詠んでいる。
桐の葉が像を結ばないながらも〈一葉落つ〉を見て詠んだ句よりも、私は見ていない掲句のほうに、なぜか「秋が来た気配」を濃厚に感じた。
そ
れは秋になり、乾いて硬質感が増した空気が、「気配」や「かすかな音」などを伝えやすいからだろう。振り向かないことで、背中で気配を感じているのだろう
が、そんなことができる硬質な空気そのものが、秋だなあ、と思わせるのだ。〈ふりむかず〉には、戻すことのできない季節の運行も感じる。
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