2013年10月25日金曜日

●金曜日の川柳〔食満南北〕樋口由紀子



樋口由紀子






なんという虫かと仲がなおりかけ

食満南北 (けま・なんぼく) 1880~1957

なんという艶っぽい川柳であろうか。夫婦の仲ともとれるが、そうではない男と女の仲のような気がする。気まずい沈黙のなか、ふと虫が鳴き出した。「なんという虫かな」とひとりごとのようにつぶやく。相手はまだ黙ったままだが、そう言われて、先ほどまでの血相の変わった顔が心なしかゆるみかけている。虫の音を聞くうちに、気持ちもほぐれて、仲なおりできるのは時間の問題だろう。たぶん、食満南北は憎めないワルい男だったに違いない。

夫婦ではこうはいかない。いさかいの種も、喧嘩の仕方も、もちろん喧嘩の後も、全然違う。少なくとも我が家では喧嘩をしたら、虫の音ぐらいでは仲直りできない。

食満南北は初代中村鴈治郎の座付作者として大阪劇界に活躍した。〈顔見世の東は東に西は西〉〈泣いていてふっと手摺りのおもしろさ〉〈今死ぬと言うのにしゃれも言えもせず〉


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