関悦史
うろこ雲なくししものの億倍の 渡辺松男
ある程度の歳月を生きれば、失ったものも多くなる。
その喪失感を埋めるように「うろこ雲」が見いだされる。
ただしこの「うろこ雲」、必ずしも甘い慰藉に留まっているわけではない。
「億倍の」なのだ。
これは個人の生の卑小さを侮蔑しているわけでもなければ、逆に喪失を豊かな「うろこ雲」(=自然)という代替物が補填しているわけでもない。
喪失というもの自体を圧倒的な質量でさわやかに吹き飛ばしているのである。
説教や垂訓のにおいはない。アニミスムや寓意の回路を通りながらも、それらにまつわりがちな、無自覚な人間中心主義(ヒューマニズム)とは無縁の何かに触れているからである。「億倍の」「うろこ雲」に触れてしまった者が、喪失感にうずくまるただの人間などでいられるものではない。
作者、渡辺松男は迢空賞を受賞している歌人で、『隕石』は初の句集だがすでに堂々たる風格。
稚気と無邪気と妖気に富む。
これらの要素、俳句には必須に近い大事なものなのではないか。
句集『隕石』(2013.10 邑書林)所収。
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