相子智恵
懐炉欲しざつとほぐしておく卵 ふけとしこ
WEB「詩客」(2013.11.15号)「雨脚」より。
〈懐炉欲し〉と〈ざつとほぐしておく卵〉という、まったく関係のない二つが無造作に置かれたように見えながら、この二つの響きあいによって寒々とした厨の風景が浮かんでくる。プラスチックパックの中の冷たい卵を取り出して割り、どろんとした黄身を箸でぷっつりと破り「ざっと」粗くほぐす。黄身と白身は完全に混ぜ合わさることなく、まだ黄色と透明のまだらになったままだ。
卵焼きのように卵が料理になればどこか温かみを感じるのに、生卵には絶妙な寒さを感じるのはなぜだろう。〈懐炉欲し〉がしっくりくるのである。〈ざつと〉の〈ざつ〉の素早い音も冷たさを感じさせる。ざっとほぐされただけの、まだらな卵は、まだ冷たい銀色のボウルの中にある。実験を待つ一個の壊された細胞のように。
まこと、懐炉がほしくなる寒さの句だ。
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