樋口由紀子
眼のない魚となり海の底へとも思ふ
中島紫痴郎 (なかじま・しちろう) 1882~1968
何があったのだろう。かなり心が疲れている。人として、陸(この世)に生きていくのがしんどくなったのだろう。いっそ、魚になって、海で生きたい。が、それ以上に深刻である。単に「魚」ではなく「眼のない魚」、単に「海」ではなく「海の底」なのだから、ここまで思うのはかなり重症のはずである。しかし、「とも思ふ」である。そういうことも思ってみたりするということなのか。ずらしかたがおもしろい。
中島紫痴郎は明治期の新傾向川柳の代表的な作家。新傾向とは古川柳以来の客観性と没個性を脱して、作者の個を表出しようとした川柳で、新しい領域をひらき、川柳近代化への先駆となった。
若山牧水の短歌に〈海底に眼のなき魚の棲むといふ眼の無き魚の恋しかりけり〉がある。〈流れ行く水の素直さじっと見る〉〈こんな川の水でも海に行くのだぜ〉「矢車」(第25号 明治44年4月発行)収録。
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