関悦史
かまくらの奥で手招きしてゐたり 若井新一
手招きしているからには親密な相手であろう。それを覆すような不穏な要素も特に見当たらない。
だが普通のことを描いていながら、それだけでは片付かない何かが句に漂う。
「奥」と「手招き」に由来するものなのか、ことさら大上段にその地特有の霊性など言上げしてなどいないにもかかわらず、代々の古人も同じ動作をしていたのだろうという連想が働き、「手招き」の柔和さも手伝って、人とも地蔵ともつかない何かに呼び止められたような懐かしさを感じさせるのである。
この奇妙な懐かしさは、「奥で手招き」という要素だけではなく、何ものが手招きしているのかが明示されていないことからくるものだ。主格のない、非人称ゆえの空白がもたらす自在感が、そのままかまくらの中に籠もっているところが味わい深い。分厚いかまくらも、やがて融けて消えることを思えばなおのこと。
句集『雪形』(2014.3 角川学芸出版)所収。
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