関悦史
ドーナツを山ほど揚げる台風圏 三輪小春
ネットスラング的には台風といえばコロッケの買い込みになるらしいのだが、ここではドーナツで、しかも自分で揚げている。
コロッケにせよドーナツにせよ、台風のときに特有の、何かに急き立てられるような落ち着かなさが背景にあり、それが「山ほど揚げる」の過剰さに説得力を持たせている。
危機感と非日常の祝祭感が表裏一体になっているというだけではなくて、台風が強ければ強いほど、正比例でドーナツの数も増えていきそうだ。自然とのストレートな影響関係に巻き込まれてしまっているのである。
そして「台風」ではなく「台風圏」なので、気圧配置図のような、上空からの視線も一句に統合されている。
そうした心理的な説得力と、俯瞰的な目をあわせもった句が、行為としてはおよそナンセンスなことを描いていることで、共感の押しつけでもなければ、無味乾燥なただごとでもなく、あるいは自意識過剰な自己戯画化でもない、多少不気味なような力の貫通する場としての「私=台風圏」を探り当てることに成功している。
句集『風の往路』(2014.3 ふらんす堂)所収。
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