相子智恵
瓜盗む河童の皿や乾びつつ 葛西省子
句集『正体』(2014.5 角川学芸出版)より。
上五、中七までは滑稽な味わいなのに、切字の「や」を挟んだ下五の〈乾びつつ〉で一気に哀感に転じる。その転換スピードによって、強く印象に残る句だ。
子どもの姿をした悪戯者の河童が、好物の瓜を畑から盗んでいる。そんな民話のワンシーンにはふと笑ってしまうが、〈乾びつつ〉で一気に切実になる。河童は頭上の皿に少量の水が入っていて、その水がある間は陸上でも力強い。しかしそれが乾くと一気に弱って死んでしまうのだ。〈乾びつつ〉あるということは、河童にとっても生きるか死ぬかの瀬戸際なのである。〈乾びつつ〉で、水を蒸発させる強い夏の日差しと暑さが感じられてきて、瓜を盗む行為が「ちょっと失敬」といった笑いから、「そうせざるを得ない」切実な状況に思えてくるのである。
民話というものは、じつは哀しみとともにあるものが多い。たとえば遠野の河童伝説も、東北を何度も襲った飢饉の際、人減らしのために生まれてきた子どもを川に流して間引きしたという史実から伝説化されたということもある。掲句は瓜を盗む河童の「皿」という一瞬の一部分を描きながら、滑稽の裏側にある大きな哀しみまで包み込んでいる。
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