2014年8月20日水曜日

●水曜日の一句〔岡田由季〕関悦史



関悦史








運動会静かな廊下歩きをり   岡田由季

人気(ひとけ)のない建物の中を、そこで生きた人々の気配(もしくは霊気)を感じつつ歩く。これは一種の廃墟趣味にも通じる句である。ただし閑静さが愛でられつつも、人々は去ったわけではなく、すぐ外の校庭に満ちている。

この今現在のざわめきをあたかも遠い過去のように感じるという、すぐ隣にいながら隔絶した二重性のある距離感と、ほとんど人に気づかれず、さしたる用もなさげに建築内を遊歩するさまは、『ベルリン・天使の詩』の天使か何かのように、人間以外の、精霊的に浮遊しうる存在であることを愉しんででもいるかのようだ。

無論、それは一時の錯覚に過ぎず、戻ろうと思えばいつでも運動会の喧騒に戻ることができるという安心感がその裏にある。いわば日常の中でのわずかな天界浮遊だが、「廊下」という場所の詩性と、にぎやかな学校行事特有のものさびしさ(それは毎年繰り返されながらも、参加者が必ず一学年ずつ入れ替わっていくものだ)とが、対比されることでどちらも生かされ、そのはざ間に清浄な場所があらわれるのである。ただし廃墟趣味的なものというのは容易に自足・自己愛に横滑りもするもので、この句もそうした意味では充分な俗気と肉体を持った、この世の人の句である。


句集『犬の眉』(2014.7 現代俳句協会)所収。

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