相子智恵
音の無き象の歩みや秋深し 川本美佐子
句集『水を買う』(2014.9 ふらんす堂)より
〈音の無き象の歩み〉と言われてハッとしたが、そういえば動物園で見た記憶をたどると、蹄のある馬などの動物とは違って、象はたしかに足音の記憶がない。世界一重くて大きな動物である象。その重い体を支える足音が無音であることに、しみじみとした切なさを感じる。
季語の「秋深し」によって、そのしみじみとした感じがさらに増しているのだろう。象の故郷である地域には秋と呼べるような季節はないだろうから、故郷から遠くなはれた日本の動物園で秋が深まっているのだ。囲われて飼われている象の上に広がる秋の空は、広くて高い。
大きな象のゆっくりとした静かな歩みと、秋の深まりという時の流れに、虚子の「年を以て巨人としたり歩み去る」という句をふと思い出したりもする。静かに心に染み入る、晩秋の一句である。
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