関悦史
あをあをと山きらきらと鮎の川 髙田正子
そよ風くらいは吹いているのかもしれないのだが、さしあたり川面以外ははっきり動いているものもない、涼しげに落ち着いた夏の田舎の景色である。
「あをあを」「きらきら」のオノマトペの反復が、静止した大景のなかの光の動きをあらわしている。句のなかで具体性を担っている名詞は「山」と、「鮎」の棲んでいるらしい「川」だけであり、それらが並んだだけならば、ごく平板なペンキ絵のような句となるところだが、逆に実体のなさそうな「あをあを」「きらきら」の反復が一句に絡まることで、途端に全体が気韻と実在感のあるものに変容してしまう。
実物に即して考えれば「あをあを」「きらきら」で示される光や空気よりも「山」や「川」のほうがはるかに重いはずなのだが、句のなかではむしろ「あをあを」「きらきら」のほうが実在感を打ち出している。言葉の交差によって光や空気と山河が、重さと軽さを交換しあっており、あたかも句が幻術の現場になっているようだ。
いかにも小奇麗で気持ちがよく、決してよそよそしくはないこの景色が、それでもどこか徹底して人と無関係なもののような佇まいを示しているのは、静止がそのまま生動であるという永遠の自己完結じみた姿が、言葉同士の関係から再創造されているからだろう。
句集『青麗』(2014.11 角川学芸出版)所収。
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