相子智恵
木の洞に溜る浜砂雁渡し 西宮 舞
句集『天風』(2015.5 角川学芸出版)より
「雁渡し」は、初秋から仲秋にかけて吹く北風で「青北風」ともいい、この風が吹き出すと潮も空も急に秋らしく澄むようになる。歳時記によれば、志摩や伊豆の漁夫の方言であるという。
防風林の一樹だろうか。海辺の木の洞に浜砂が溜っていた。ただそれだけの景である。しかし「雁渡し」という季語によって風に思いが向けられ、「いまは雁渡しの秋風が吹いているが、ここに溜った浜砂は長い年月をかけ、それぞれの季節の風に運ばれてきた砂なのだ」ということに気づかされる。洞ができているくらいだから古木なのだろう。風は絶えず吹きめぐり、季節はめぐり、木は生き延び、浜砂は徐々に溜まっていった。
ある季節の一時点の景を描いたスケッチのような写生句でありながら、その後ろには大きな時間が捉えられていると思う。雁渡しが吹くころの秋天の広さが思い浮かぶことも、掲句に時間的、空間的広がりを持たせている。
思えば句集名も『天風』で、これは〈鷹渡る天上の道風の道〉という句から採られているが、風に代表されるような「留まらざるもの」への作者の関心の高さが思われてくる。
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