相子智恵
ぬめぬめと鯉の触れ合ふ良夜かな 篠塚雅世
句集『猫の町』(2015.7 角川書店)より
仲秋の名月の夜。池にはたくさんの鯉がいるが、明るい昼間とは違ってそれが真鯉なのか緋鯉なのか、はたまた錦鯉なのか、色などの細かいディティールはわからない。
ただ、黒々とした池の水から隆起した鯉の背中の流線型のシルエットや、水とは違うぬめぬめとした質感が、明るい月に照らされて浮かび上がるのみである。
鯉たちの詳細は見えず、形と質感だけが立ち現れてくるからこそ、鯉たちが「触れ合っている」という触覚を描いた場面がとても活きている。〈ぬめぬめ〉という擬態語も活きているのだ。
〈良夜〉という季語が、触れ合う鯉たちと響きあう。
この句は「ぬめぬめ」という語から始まるので、読み始めは薄気味悪さを味わうのだが、最後は良夜によって睦みあう鯉たちの様子がポジティブなイメージに変わる。
「ぬめぬめ」は人間からしてみると気味が悪いが、鯉にとっては生命力そのものなのであり、月の光がそれを静かに照らしていて、ふわりとあたたかな気持ちになる。
そしてなぜだか少しめでたい気分にもなるのは、名月と日本庭園の池(とは書いていないがそれを感じさせる)の鯉という、伝統的な構図の効用だろうか。
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