相子智恵
垂直に手を挙げにごり酒頼む 江渡華子
句集『笑ふ』(2015.7 ふらんす堂)より
居酒屋での注文の様子を描いた句。おそらく乾杯から濁り酒ということはないだろうから、すでに何杯か飲んでいるのか、酒宴に遅れて参加したのかと想像がふくらむ。もしかしたら一人でお酒を飲みに来た人かもしれない。律儀に〈垂直に手を挙げ〉るさまに、生真面目な青年のような人物が想像された。そんな手の挙げ方に興味を引かれた作者が「この人は、何を注文するのだろう?」と、なんとなく眺めていると、野趣あふれる濁り酒を注文している。生真面目な青年から、玄人の親父のような注文が飛び出したギャップに可笑しみがある。
自分が垂直に手を挙げて濁り酒を注文したとも読めないことはないが、やはり他者の描写と読んだ方が面白い。真面目だが酒は好きな人なのだろう。酔って誰かに絡むことも、泣き上戸でもなく、ただ静かに、ニコニコとお酒を飲むタイプのような気がする。
句またがりのリズムが、臨場感と可笑しみを生むのに一役買っている。語順を入れ替えて「垂直に手を挙げ頼むにごり酒」とすることもできるのだが、比べてみればわかるとおり、それだとこの句のリアリティと可笑しみ、勢いは失われてしまう。動作の順と語順が合っているのがリアルなのであり、リズムとしては「濁り酒」と「頼む」の間に少しの間ができ、「頼む」がいわゆる“オチ”のように、かすかな可笑しみを生むのである。
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