相子智恵
月の夜の降りくるものを待つ海底 椎野順子
句集『間夜』(2015.9 ふらんす堂)より
光を降らせ続ける月と、降ってくるものをひたすら待ち続ける海底。月光が届く浅瀬にも海底はあるが、私はこの句に深海を、光が届かない暗闇の世界を想像した。〈降りくるもの〉を静かに、けれども焦がれて待つ海底とは、魚や海藻で賑やかな浅瀬の海底ではなく、わずかな生物しか住むことのできない、深く静かな、淋しくも安らかな深海の海底ではないかと思うのだ。
月が降らせ続けても、海底が待ち続けても、月と海底とが光によって結ばれることは永久にないのだろう。けれども、海底には上から何かが降ってくる。砂粒かもしれないし、死んだ魚の欠片かもしれない。その〈降りくるもの〉は、光を知っているかもしれない。海底はそれを待ち続ける。海底が知らない光の物語を。
月から始まり海底で終わる語順によって、読者の心は無理なく上空から海底へ、明から暗へと誘われる。静かに何かを恋う気持ちが湧いてくる。雪・月・花という季語に含まれる「君を憶ふ」という心も、ここに思われてくる。
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