樋口由紀子
私より高い所に奈良の鹿
竹井紫乙 (たけい・しおと) 1970~
奈良に行ったときの写生句かもしれない。ふと気がつくと鹿が中腹にいる。どうってことない景であり、思い当たる景である。ただそういっているだけだが、一句になるとそれ以上の感慨をもった。なぜ私がこっちに居るのだろう。早くここまでおいでよと鹿に言われているようでもある。
姿や位置は違っても、時間はいままでもこれからも同じように流れていく。鹿のうしろには若草山が広がり、その向こうに空がある。世界は広く、空のにおいもしてきそうである。「奈良の鹿」に独自の存在感がある。高い所にいたのは恋人でもライバルでもなく鹿というのもまたおかしい。
〈あれはダメこれもイケナイぬいぐるみ〉〈ゆっくりとインクの染みが馬になる〉〈長いこと祖母は私の象だった〉 『白百合亭日常』(あざみエージェント 2015年刊)所収。
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