2015年11月25日水曜日

●水曜日の一句〔矢上新八〕関悦史


関悦史









かめへんけど老猫眠る客布団  矢上新八


方言を俳句に入れると、情緒的にどこか押しつけがましくなることが少なくない。読者よりも作者が先に興じすぎ、読者が作者の感興を見せられることになるからだ。「きれい」「美しい」といった形容を不注意に使い、物から離れた句と似たようなことになってしまうのである。方言にしただけで句の内容がほとんど述志になってしまうと言ってもよい。

この句が収められた『浪華』は大阪弁に特化した句集である。収録作品はおおむね五七五定型だが、季語はあったりなかったり。そのもたらす興趣は自由律俳句や短歌に接近する。淋しさを詠んでも、句としては自足の気配が濃厚になる。

「かめへん」は「かまわない」。

方言を使わない場合は、「かまわないが老猫眠る客布団」「かまわないけど老猫眠る客布団」といったことになる。音数を合わせるなら「かまわぬが」、口語調を強調するなら「いいけどさ」などとも置き換え得るか。いずれにせよ句の持ち味は大きくずれる。

この場合、大阪弁は意味内容よりも、語り手のキャラクターや土地柄を示す役割語として働いている。

物件としての「老猫眠る客布団」ではなく、それと語り手とが作りだす、やわらかく許容し、包み込みあうような関係の方が句の主題になってくるのだ。

布団を乗っ取って寝る猫というのも、普通の句に入れたら甘くなるモチーフだが、この句の場合、大阪弁であることによって、マイナス同士の掛け合わせがプラスに転じるような効果が上がっているのではないか。ここに描かれているのは「老猫眠る客布団」自体よりも、むしろそれを包み込むゲニウス・ロキ的なものであり、その中での生活である。


句集『浪華』(2015.10 書肆麒麟)所収。

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