関悦史
クロッカス海は遥かにサティ聴く 浅井愼平
写真家の浅井愼平は句集も何冊か出していて、これはその最新の一冊から。
俳句プロパーの作者ではありえない種類の三段切れ、字余り、字足らず、無季が句集には少なくなくて、しかしそこを整えると途端につまらなくなってしまう句も多い。一種のヘタウマというべきか。
この句の場合、絶妙なのは「海は」の「は」である。試しに「を」に変えてみると、位置関係は整然とするが、どうということもない自己満足的な報告句に落ちてしまう。一度情景から浮いてまた着地するような「は」の遊離が重要なのだ。
読みようによっては、擬人化された「海」がサティを聴いているとも見えるが、そうしたブレを含みつつ、遥かな海へ飛んだ知覚と、室内に置かれているらしいクロッカスとの間を瞬時に飛びつなぐダイナミズムがサティの流れる静寂の中に組織されているところに開放感がある。作中人物が海に変容しているようでもある。
「クロッカス」は春で、他の夏秋冬ではサティがあまり利きそうにない。句全体に響くk音(及びs音、r音)の明快な基調もここで決まっている。
句集『哀しみを撃て』(2015.12 東京四季出版)所収。
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