相子智恵
沓跡はまつすぐ神へ木の根開く たなか迪子
句集『沓あと』(2016.2 ふらんす堂)より
新たな雪が積もることのなくなった早春、木の根元の雪がドーナツ状にいち早く融けていく。〈木の根開く〉は、雪国の春を告げる、比較的新しい季語である。
そんな残雪の上に、まっすぐに進んだ沓跡がついている。ひとつの沓跡がはっきりと見えるのだから、冬の間は誰も通っていなかったのだということがわかる。きっとこの神は、冬は誰も入山しない山の、神様なのだろう。
沓跡は山の神を守る神官のものだろうか。〈まつすぐ〉は、ただ沓跡の景のみならず、沓跡を付けた人のひたむきさのような内面までも感じさせる。まっすぐ、迷うことなく、神へと向かう足と心。
〈木の根開く〉は、木の不思議な生命力を見せてくれる季語だ。その季語が〈神〉とともに現れることで、山が眠りから覚める春という季節の、人知の及ばない大いなる力が感じられてくる。
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「木の不思議な生命力」というのは、根開きが「木が地下水を吸い上げる。その木の体温が雪を溶かす」といった通説をさしているのでしょうか? それは間違いです。木の幹が日射を吸収したり逆に反射したりすることで雪を溶かすのだと、雪氷学の専門家から教わりました。ご存知であればもうしわけありませんが。
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