相子智恵
後の世はゆつくりと来よ桃の花 市川 葉
句文集『市川葉俳句集成』(2016.1 邑書林)より
死後はゆっくり来い、という。親しい人を送ったり、死を身近にする体験がなければ、なかなかこのような句はできないだろう。つつがなく生きている、この日常の奇跡を淡々と実感できる年齢や境遇にならなければ。句の背景に年齢を持ち込むことには慎重にならねばならないが、それでもやはり、あるべき時に書かないと説得力がない句というものもある。
その思いを強くするのが「桃の花」である。桃の花は現世の花でありながら、死後の世界にも通じるような気がするし、さらには「桃源郷」も思い出して、全体がふわりと俗世間を離れているような味わいがある。
現実世界も、死後の世界も、詩の世界も、すべてが地続きなのだ。だからこそ「死後はゆっくりと来い」という言葉に悲壮感がなく、微笑みを浮かべながら書けるし、読める。ふうわりと今の時間と向き合う作者の心の自在に、こちらの心もほぐれてくる。
※執筆後に著者のご訃報に接しました。ご冥福をお祈りいたします。(相子)
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