相子智恵
逃げ水やむりよくむりよくと噛む駱駝 嵯峨根鈴子
句集『ラストシーン』(2016.04 邑書林)より
砂漠の逃げ水である。
地面が熱せられて水溜りができたように見え、近づくと遠方に逃げて行ってしまうように見える蜃気楼の一種、逃げ水。そんないつまでもたどり着けない水溜まりを背景に、駱駝はただゆっくりと口を動かし、食べたものを反芻するのみである。砂漠の水溜りといえば貴重なオアシスを思うが、それが逃げ水なのだと想像されてくる。
〈むりよくむりよく〉は「無力無力」だろうか。水にたどり着けない駱駝に悲壮感はまるでなく、ただのんびりと、無力、無力と口を動かしている。明るい内容ではないのに、ほのかな諧謔があり、口の中で唱えていると不思議と安らかになってくる一句である。
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