樋口由紀子
かちかちと何の未練もない時計
狂水
しんと静まりかえった部屋に時計の音だけがかちかちと鳴っている。それがいかにもまっとうでこれ以上の正解はないかのごとく、一秒一秒、人の事情も感情も無視し、なにもかもを一掃していくように規則正しく時を刻む。
しかし、人の気持ちはそうはいかない。後腐れがあったり、わずらわしい関係を引きずっていたり、そう簡単に片づいてくれない。それどころが増幅されることだってある。かちかちという音が無神経に無慈悲に聞こえるのだろう。時計を詠んで自分の心の内を浮かび上がらせている。
万事に万全で、あまりに規則正しかったり、礼儀正しかったりするといらいらすることがある。それにあまりおもしろくない。多少の未練を抱えているぐらいの方が人生は退屈しないのかもしれない。作者はこの時計をきっと柱から外して箱に仕舞っただろう。
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