相子智恵
隠るるやわれ失禁の高粱畑 前田地子
句集『跫音』(2016.7 ふらんす堂)より
同じ章に〈終戦にならぬ満州月真赤〉〈背なの子の死しても歩く草朧〉〈銀漢や膝抱き眠る無蓋貨車〉という句がある。作者は満州で生まれ(〈大地より賜るわが名雪割草〉も可憐で好きな句だ)戦後の過酷な満州から、文字通り命からがら引き揚げた。
また〈独房の文机涼しインク壺も〉という句を略歴に照らせば、これは戦後十年目に中国撫順の収容所で抑留中の父に会った時の句だとわかる。
戦争は、終戦の日ですぐに終わったわけではない。その当たり前のことを改めて思い知らされる句群である。
掲句、声を詰めて高粱畑に隠れている少女。失禁するほどだから並大抵の恐怖ではない。震えが止まらないだろう。自らの震えで高粱が動いて見つからないように、それでも震えを止めようとしているのだろう。よく実った高粱の香ばしい香りと湿った尿の匂い、大地の土埃の匂いが入り混じる。
戦争という言葉が頭の中だけのものになって、空気が動けばそちらに飛びそうにも思えてくる現代、震える体、失禁という現実、一個人の肉体とともにある戦争の一句を、個人が書かずにはいられなかった一句を、錨のように読み直したいと思った。
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