2016年8月29日月曜日

●月曜日の一句〔マイマイ〕相子智恵



相子智恵






蜻蛉の羽に酸素の行き渡る  マイマイ

句集『宇宙開闢以降』(2016.08 マルコボ.コム)より

秋の空を悠々と飛ぶ蜻蛉。羽には酸素が満ちて、いかにも気持ちがよさそうだ。

季節によって大気中の酸素濃度が変わるわけではないだろうが、秋の空は他のどの季節の空よりも、息がしやすい感じがある。たしかに酸素が行き渡る感じ。

蒸し暑い夏の後にやってくる季節だから、その落差で余計にそう思うのだろうし、秋の空は高い…という見た目のせいもあろう。また、〈秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる〉の頃から脈々と受け継がれる文学的季節感も、もちろんある。蜻蛉の羽に酸素が行き渡る感じは、それらと感覚的につながっている。

ところで本句集は、ビッグバンから現在に至るまでの宇宙の出来事に季語を配して、壮大に遊ぶ実験作だという。多くの句に出てくる科学用語には、作者による注釈が付いている。

この句の注釈によれば、2億9千万年前の石炭紀には翼開長70cm前後のトンボが生きていたらしく、当時の酸素濃度の高さが、昆虫の巨大化と関係しているのかもしれないのだという。

掲句は注釈がなくても詩が感じられるし、注釈を読んだら読んだで、それまで感じられなかった俳味が立ち現れる。注釈を読むことで、別の時間や解釈が生まれる面白いつくりだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿