相子智恵
蜻蛉の羽に酸素の行き渡る マイマイ
句集『宇宙開闢以降』(2016.08 マルコボ.コム)より
秋の空を悠々と飛ぶ蜻蛉。羽には酸素が満ちて、いかにも気持ちがよさそうだ。
季節によって大気中の酸素濃度が変わるわけではないだろうが、秋の空は他のどの季節の空よりも、息がしやすい感じがある。たしかに酸素が行き渡る感じ。
蒸し暑い夏の後にやってくる季節だから、その落差で余計にそう思うのだろうし、秋の空は高い…という見た目のせいもあろう。また、〈秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる〉の頃から脈々と受け継がれる文学的季節感も、もちろんある。蜻蛉の羽に酸素が行き渡る感じは、それらと感覚的につながっている。
ところで本句集は、ビッグバンから現在に至るまでの宇宙の出来事に季語を配して、壮大に遊ぶ実験作だという。多くの句に出てくる科学用語には、作者による注釈が付いている。
この句の注釈によれば、2億9千万年前の石炭紀には翼開長70cm前後のトンボが生きていたらしく、当時の酸素濃度の高さが、昆虫の巨大化と関係しているのかもしれないのだという。
掲句は注釈がなくても詩が感じられるし、注釈を読んだら読んだで、それまで感じられなかった俳味が立ち現れる。注釈を読むことで、別の時間や解釈が生まれる面白いつくりだ。
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