2017年2月21日火曜日

〔ためしがき〕 亀の声、蛇の肺 福田若之

〔ためしがき〕
亀の声、蛇の肺

福田若之


亀には声帯がない。けれど、たとえば、ウェブマガジン「スピカ」に掲載された折勝家鴨「あから始まるあいうえお」の2016年12月27日分のショートエッセイにも記されているように、亀は鳴くことがあるそうだ。

声帯がないのに「鳴く」というのはおかしいという向きもあるかもしれない。しかし、それを言うなら、蟬や鈴虫だって声帯はないけど、日本語ではそれらが音を出すことを「鳴く」と表現してさしつかえない。そうした意味では、亀についても「鳴く」と言ってよいはずだ。

キューと亀鳴いたる事実誰に告げむ》という三橋敏雄の句は、したがって、たしかに「事実」を前にした戸惑いとして成立しうる。

ただし、藤原為家が《川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなる》と詠んでいるのはやはり虚飾があるのだろう(「亀鳴く」を春の季語とみなす場合、一般に、この歌がその典拠とされている)。亀はたしかに鳴くことがあるのだが、決まった鳴き声があるわけではないようなのだ。だから、この歌のように音を聞いただけで鳴いているのが亀かどうかを判断することは、まず不可能だと思われる。

だから、話は非常にややこしい。亀はたしかに鳴く。けれど、「亀鳴く」という言葉がもつ季語としての風情は、むしろ、亀が鳴いたわけではない音を亀が鳴いたのだと聞きならわすことにある。「亀鳴く」が春の季感を持ちうるのは、「亀鳴く」という言葉を春の季語として認識している人間が、なにか些細な物音について、春だからもしかすると亀が鳴いているのかもしれないなどと冗談半分に思いながら「亀鳴く」と書いてみる、そのこころによってであろう。

それにしても、亀の鳴き声について調べていたら、蛇の肺は左右非対称で右だけがすごく長い、ということまでついでに知ってしまった。誰に告げよう。


2017/1/26

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