2017年3月29日水曜日

●水曜日の一句〔増田まさみ〕関悦史


関悦史









ことだまを二階へはこぶ蝸牛  増田まさみ


「二階」は客間、居間、台所のような、人の出入りや生活の喧噪からは切り離された場所である。そこへ「ことだま」を運ぶ「蝸牛」という奇妙なものが向かってゆく。こうなると家の中のつねのこととは思えなくなる。

ひらがな書きされた「ことだま」は言霊であると同時に、コトリと音を立てて置かれることもできそうな、石の玉のような実体感をかすかに帯びたものともなり、それが蝸牛に運ばれるのである。

蝸牛ははたして自分がそんなものを運んでいることを知っているのか。それとも実体と非実体のはざまにあるのをいいことに、「ことだま」は蝸牛にそれと知られることもないまま、憑りついて運んでもらっているのか。あるいは蝸牛にとってこの「ことだま」は自なのか他なのか。この実体と非実体のはざまならではの曖昧さは、渦巻き状の殻の軽い硬さと、中味の不定形にも近い重い柔らかさとが綯い交ぜになった、蝸牛の形状に見合っている。

蝸牛の遅々とした歩みに分子ひとつひとつが確認され味わわれるようにして、家は二階へいたる一筋の道を分泌していく。進めば進むほどに、上れば上るほどに無限感が湧いて出てくるようでもあり、この句は不思議な明るみを形成している。この「ことだま」が担った霊力に、悪しきものという感じはない。このような微小でひそかな霊的交通の場ともなりうるものとして、家はわれわれを住まわせる。


句集『遊絲』(2017.2 霧工房)所収。

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