樋口由紀子
妻一度盗られ自転車二度盗らる
渡辺隆夫 (わたなべ・たかお) 1937~2017
妻を盗られるという重大事件をヒートアップせずにあっさりと書く。もちろん、意義なども申し上げない。たんたんと自転車と同等のように書く。二度も盗られてしまった自転車の方が大事なようにも読めてしまう。このように書かれる妻も妻を盗られた夫も形無しである。穿ちだろうが、人の価値がますます軽くなっていく世相への批判性を、真正面から声高叫ばずに軽くいなすように書いているような気がする。
渡辺隆夫が亡くなった。彼が川柳界に残した宿題は大きい。彼の第一句集『宅配の馬』は平穏無事に過ごしていた多くの川柳人の度胆を抜いた。あとがきで書いた「川柳という作業は、自家製の爆弾作りの類」の公約通りに多くの自家製爆弾を堂々と発表し続けた。〈天皇家に差し出す良質の生殖器〉〈宅配の馬一頭をどこから食う〉〈八月を泣きたい人は泣いてください〉〈君が代にうどんはのびてしまいまする〉〈はらわたのどのあたりからくそとよぶか〉 『宅配の馬』(近代文藝社刊 1994年)所収。
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