樋口由紀子
ふたしかな記憶で描いた王の鼻
月波与生 (つきなみ・よじょう)
何のために「王の鼻」を描いたのだろうか。「王の顔」ならまだしもわかるような気もするが、「鼻」である。なぜ鼻だけを描く必要があったのか。誰かに頼まれたのか。思い出しながら、なんとか描きあげたようだ。どんな鼻を描いたのかと次の疑問が湧いてきた。鼻なんて、そんなに大差はない。で、いろいろな鼻を思い浮かべた。思い浮かべながら、なぜそんなことを想像しているのだろうと思った。
〈捺印をふたつ残して歯の予約〉〈快速でいけば砂糖が二個余り〉〈ベンチにも死ぬ順番があり「へ」の5番〉。不可解であいまいで奇妙な川柳であるが、日常生活のおける実感や手触りに根差したもののような気がする。本意でなくても、理由がわかなくても、「私」に課せられることが「社会」にある。「社会」と「私」の関係はわからないことだらけである。「ふらすこてん」(第53号 2017年刊)収録。
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