2017年12月8日金曜日

●金曜日の川柳〔菊池良雄〕樋口由紀子



樋口由紀子






刺身なら今夜は自首をやめておく

菊池良雄

ふと、亡父を思った。仕事から帰って、晩酌するのが楽しみで、そのために働き、生きているようにみえた。夕餉の食卓に刺身がのっていると、殊の外、嬉しそうだった。男の人には珍しいほどの笑顔の似合う人だったので、それは得も言われぬくらいの満面の笑みだった。

父は就きたい職業でなかったので、不本意な仕事だったのだろう。誰に相談することなく、56歳の定年できっぱりと仕事を辞め、小さな事業を始めた。母はずっとそのことを愚痴っていた。晩酌を美味しく飲むために言っておかなければならないことも言わずに先送りしていたのだろう。そして、生涯自首をしないままに、68歳であっけなく逝ってしまった。「ふらすこてん」(第54号 2017年刊)収録。

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